A:老残の大猩々 グラスマン
ラケティカ大森林には、古代ロンカの巨人伝説が残っている。
巨人とは、ロンカ人が作り出した守護像だろうとされていたが、近頃、人に似た大型の足跡が発見されてな……。
……などと言うと、未確認の巨人種の存在を疑いたくもなるが、一昔前までこの密林には、大型の猿人の群れが棲息していたそうだ。罪喰いの襲撃のせいで、かなり数を減らしたらしいが。「グラスマン」と呼ばれる、その足跡の持ち主は、実際、猿人の群れの生き残りといったところだろう。今も森を彷徨い、罪喰いにやられた仲間を探し続けているのかもな。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「古代ロンカの文献には巨人の伝説が書かれているの」
訪ねてきた若い女性の動物学者はあたしたちの目を覗き込むようにテーブルの向かいから前のめりになって言った。
年の頃はあたし達と同じくらい、相方と同じミッドランダーだ。赤に近い茶色のストレートヘアをポニーテールにしている。お洒落でしているというよりは森を動き回るのに何かと邪魔だからまとめておこう、という感じのポニーテールだ。
「ところがね、ラケティカには巨人が存在した形跡がないの。だからずっと古代ロンカ人が想像上で作り出した守護者のイメージだろうって、そう思われていたのよ。」
前かがみの姿勢から上体を少し起こして小さな手振りを交えて彼女は話していた。
「何か存在を証明するようなものが出てきたん?」
相方が今まさに彼女が求めていそうな言葉を投げかけた。
「正解」
彼女は相方を指さして言った。相方が若干体を弾ませて嬉しそうな顔をしている。意外とこういう小さな正解が相方的に嬉しいらしい。まったく、いつも戦闘の時の凛々しさとのギャップであたしをノックアウトしに来るから憎たらしい。
「人に似た大きな足跡が発見されたのよ」
「えっ?最近の話?じゃ、森に巨人がいるの?」
あたしは驚いて声を上げたが、彼女は少し残念な顔をした。
「巨人なら嬉しかったんだけど。実はね、一昔前までこの森にはグラスマンっていう大型の猿人がかなり大きな群れを作って生息してたの。だけど、罪喰いに襲撃されて今は殆ど絶滅状態。恐らくその生き残りだと思うわ。だけどだけど、絶滅寸前のグラスマンをみつけただけでもすごいことなのよ」
彼女は期待を裏切ったことをフォローするように言ったが、あたしはそれよりも違う部分で驚いた。
「ねぇ、罪喰いって人間以外も襲うの?」
あたしが訊ねると彼女は少し複雑な表情を浮かべて答えた。
「ええ、ほとんどの人は罪喰いが襲うのは人間だけだと思っているけど、そうでもないのよ。まぁ、現に四足で歩く獣を積極的に襲う事はないんだけど、罪喰いには二足歩行の獣と人間とは見分けがつかないないみたいでね……。でもそれ以上に彼らが襲われて不味かったのは人と同じように感情があること。これが不味かったわ。情に厚い彼らは仲間が罪喰いになったら仲間を何とか助けようと近づいたり手を差し伸べたりするの。だから余計に被害が広がってしまった。足跡の主のグラスマンも罪喰いになってしまった仲間を助けるために今も森を彷徨ってるんだと思うの。もう最後の一頭かも知れない」
なるほど、とあたしはすごく腑に落ちた。彼女が話しだけでも聞いて欲しいと必死な顔で訪ねてきたにはこういう訳があったのだ。確かにお門違いではあるが、間違いで襲われた彼らにはなんだか申し訳なく感じる。それに、仲間を助けようとするというくだりには胸が痛んだし、生物学を専攻するほど動物に愛着のある彼女なら尚更な事だろう。
グラスマンは話を聞く限り魔獣というよりは野生生物だ。野生生物の中でも知能が高いものは傷付いた仲間を守ったり、助けようとしたりする。そこに利害や邪念はなく純粋な行動だ。
「なんとか保護したいんだけど…、あなたたちも討伐の依頼しか受けてない?もし受けてないなら…」
あたしは手を挙げて生物学者の話を遮って言った。
「あなたたちもって事は他にもこの話をしに行ったのね?」
彼女は悲しげに頷いた。地方によって差はあるが、基本的にハンターは討伐してはじめて賞金が貰える。保護したいという話では金銭的には殆ど足しにはならないし、命を懸ける価値はないと判断されてしまう。
「やるわ。どちらにせよ無傷で保護できるほど甘い相手じゃないけど」
あたしが言うと相方も笑顔で同調した。
「匙加減が相当難しいけど、彼の怪我の回復は任せていい?」
不敵な笑みを浮かべる相方に、一瞬驚いた顔をした若い生物学者は目を潤ませて何度も頷き笑顔を浮かべて喜んだ。